EC運営代行と並行してD2C事業の立ち上げ準備
磯山(wevnal) ヘアケアブランドの「KAMIKA」をはじめとし、商材特化型のブランドを複数展開するECHさんですが、もともとはECの運営代行事業から事業をスタートしていますよね。D2Cに注力するまでの流れを教えていただけますか。
井関(ECH) 2006年に創業した当初は、メーカーのEC部門の売上を上げるお手伝い、つまり支援側の立場でビジネスを展開していました。当社が主に支援していたアパレルでは、雑誌などのメディア掲載を軸に商品の売上が生まれていた時代です。
しかし、こうした情報は直前にならなければ得ることができません。また、今ほど各社でEC部門の立ち位置が確立されていなかったことから、在庫のほとんどが実店舗に割り振られてしまっていました。大きな売上を作るチャンスが目の前にあっても、売る商品がEC上に存在しない状況が続いていたのです。
こうした悩みを抱えながらも、実は2007年からD2Cブランドの立ち上げを進めていました。ゼロから始めるのは時間もお金も要するため、もちろんEC運営代行事業と同時進行です。しばらくは並行して事業を展開していましたが、「売上の踊り場に来たな」と感じるようになった2018年にD2C事業に大きく舵を切ることを決断。シャンプーやサプリメント、スキンケアなどブランド拡張を行い、今に至ります。
磯山 苦境を打破するために、D2C事業を推し進めていこうと覚悟を決めたわけですね。D2Cのアプローチとして、ひとつのブランドで複数カテゴリーを展開する方法もありますが、ECHさんは商材ごとに別ブランドとして展開していますよね。その意図を教えていただけますか。
井関 「顧客」と「組織」を軸に考えた結果、現在の形が最適解だと考えました。とくに物販をともなうブランドは、企画開発からカスタマーサポートまで含めると非常にサプライチェーンが長いビジネスです。ブランドごとに適切なマーケティング手法、カスタマーサポートのありかたも異なるため、商品を企画した人ごと、掲げているテーマごとにチームを分け、ビジネスを展開するのが健全だと判断しました。
磯山 組織運営の都合だけでなく、顧客視点も加えて判断する。ここは、ECHさんならではの視点ですね。
井関 組織作りの最適解は、企業によって異なると思います。たとえば、あるブランドでヒット商品が生まれたらそこに人を投下して、売れたブランドのネームバリューを最大限に活用する考えかたもあるでしょう。しかし、ECHは商品開発やマーケティング担当者など、商品と顧客のことを深く考えている社員の思いを大事にしたいと考えています。商材特化型ブランドとしての展開、組織作りを行うのは、こうした理由からです。
時代の波に乗るだけでは成功しない D2Cの醍醐味とは
磯山 D2Cビジネスを成長させるには、顧客の声を基に商品やサービスを磨き込むことが欠かせませんよね。ECHさんも新商品の開発や既存商品のアップデートをかける際にさまざまな顧客の声に耳を傾けているかと思いますが、ヒットを生む秘訣はどこにあるのでしょうか。
井関 D2Cブランドがヒットを生み出すのは、本当に難しいことです。「運」の要素もないとは言い切れないでしょう。「KAMIKA」の場合、立ち上がりから順調にブランドが成長した理由のひとつに、スマートフォンの普及があります。
「KAMIKA」は、40代から60代の女性を主なターゲットとしたヘアケアブランドです。ブランドが生まれた2018年頃から、iPhoneをはじめとするスマートフォンの利用者層が広がり、多くの人々がコミュニケーションの手段としてLINEを活用するようになりました。ここからコロナ禍にかけてEC利用も広がってきたわけですが、当時この世代をターゲットにし、積極的に商品開発やマーケティング訴求に投資するヘアケアブランドがそこまでいない状況だったのです。こうした空白地帯をチャンスと考え、当社は広告施策を実施。認知獲得に注力したことで多くの新規顧客を獲得することに成功しました。
磯山 商品、マーケティング、カスタマーサポートの体制を整えた上で、うまく時代の波に乗れた、ということでしょうか。
井関 時代の波に乗るだけでは成功しませんし、そもそも波を見つけてから取り組んでも、すでに先駆者がいるはずです。乗り遅れないために、ECHでは定期的に1,000人から2,000人規模の顧客アンケートを実施しています。「今後欲しい商品」や「商品を実際に使ってみて感じたこと」などを聞くことで、顧客が今求めるものや時代の流れが見えてくるので、今後の指針となります。
磯山 生の声が直接、商品やマーケティングに活かされているのですね。
井関 従来型のメーカーは、商品を開発して世に出すまでが勝負で、開発者が商品を手に取った顧客の声を聞きたいと思っても、なかなか実行しづらいのが実情でしょう。その点、ECHはメール、LINE、電話など顧客とコンタクトできる手段をさまざま持っているため、商品の発売後も直接意見をいただき、商品改良や訴求内容の磨き込みなどに活かしています。
磯山 ECHさんに直接意見を寄せてくれるほどファン度が高い顧客の声を、どう商品やビジネスに組み込むか。こうした課題と向き合えるのはD2Cのおもしろさですが、大変な部分もあるのではないでしょうか。
井関 「商品そのものを変える」となると時間が必要です。そのため、商品ラインナップの拡充や改良など取り組めるところから順次顧客に見える形でフィードバックをするようにしています。
たとえば「KAMIKA」では、「ヘアオイルが欲しい」という声に応えて商品開発を行いました。また、アンケート聴取した顧客の3割が「もっと環境面に配慮したい」と回答していたことを踏まえ、詰替パックの容器や配送時の梱包素材を変更しています。このように新商品の開発だけでなく、事業のさまざまな部分に顧客の声を反映している点は、D2Cらしさと言えると思います。
磯山 当社も「KAMIKA」の立ち上げ初期から、「BOTCHAN」の提供を通してコミュニケーションしてきましたが、ECHさんは外部パートナーとの関係構築も大事にされている印象です。何か意識していることはありますか?
井関 「自分たちだけで完結するビジネスではない」ということを常日頃忘れないように意識していますね。事業を成長に導くには、社員も外部パートナーも目線を合わせ、共通の目標・ゴールに向かって前進できる組織作りが欠かせません。
トップダウンで物事を動かす、いわば「恐怖政治」が通用する時代ではないですし、私自身も経営者としてこうした組織運営をしたいと思っていません。ECHは「ECを通じて感動をお届けする」をビジョンとして掲げていますので、かかわる全員が主体的にビジョンに向かって突き進むことができるチーム作りが大切だと考えています。
磯山 かかわる全員が、ビジネスを自分ごと化できるようにする。これは非常に重要ですね。
井関 1人ひとりがビジネスの目的を理解し、主体的に動けるようになると、アウトプットも成果も変わります。ビジネスを営む限り、貸借対照表や損益計算書といった数字への意識も大事ですが、現場レベルでは「このブランドのために一緒に仕事をしたい」といった思いや自己実現、日々のやりがいを感じられるかどうかが向上心を大きく左右します。良質なチームビルディングを実現するには、こうした日々の積み重ねに手を抜いてはいけません。
私は、すべてのブランドを「短命で一時稼いで終わる」という形にしたくないと考えています。せっかくの人生で後世に残らないものを作っても意味がないですし、こうしたブランド運営は何より顧客や一緒に働いてくれる社員、外部パートナーに失礼だと思っているからです。「三方よし」で永続するブランド作りを、今後も目指していきます。
永続するブランド作りには「人」視点での配慮も欠かせない
磯山 最後に、ECHさんが運営する各ブランドが顧客にとってどんな存在でありたいか、ブランドを通して作り上げていきたい世界についてお聞かせください。
井関 これまで同様、今後も突飛なことをするつもりはありません。繰り返しになりますが「永続するブランド作りを極めていきたい」。これに尽きます。時代の変化とともに顧客へアプローチする方法は変わるかもしれませんが、本質はいつまでも変わらないはずです。経営上の数字を追いかけること、最新のテクノロジーを理解し駆使することも大切ですが、当社は「人にしかできないコミュニケーション」も重視していきたいですね。
たとえば、ブランド担当者宛に顧客から手書きのお手紙をいただくことがありますが、当社は手書きでいただいたものにはきちんと手書きでお返しするようにしています。また、コスト削減の観点から近年サプリメントなどサイズの小さな商材の配送は、ゆうパケットやネコポスなどポスト投函型の手段を選ぶことが主流になりつつありますが、当社は切り替え前に既存顧客1人ひとりに連絡を取り、了承を得てから配送方法を変更しました。コンプレックス商材を扱う場合には、こうした細やかな配慮も大切です。
長くブランドを続けるには、効率や費用対効果だけでなく「丁寧さ」も欠かせません。経営面ではもどかしさを感じる瞬間もないとは言い切れませんが、ECを中心としてビジネスを進めるからと言って効率性に振り切るのではなく、長く続けたいからこそ「人対人のコミュニケーション」には真摯に向き合わなければならないと考えています。
磯山 顧客としっかり向き合い、関係を維持・継続させたいと考える姿勢は、「BOTCHAN Keeper」の開発時にも伝わりました。同サービスは、ECHさんから「顧客の離脱を防ぎたい」「人の力だけだと限界があるが、悩んでいる顧客に対して機械的なアプローチだけでなく、何かできることはないか」と相談をいただき、機能拡張する形で生まれたものです。すでに存在するサービスを「どう使うか」だけでなく、「顧客にとってより良い方法がないか」と常に考え、外部パートナーとも思いを共有しながら形にしていく。こうした姿勢は、当社もたいへんリスペクトしています。
wevnalも、「BOTCHAN」の提供を通じてさまざまなブランドの声を耳にしていますが、成功するブランドには「真摯さ」という共通項があります。「良質な体験を顧客に提供したい」と日々改善を進める皆様に向け、テクノロジーで代替できる部分は「BOTCHAN」を通して手段を提供し、かゆいところに手が届くような支援を続けていくのが当社の役割だと考えています。ECHさんのように、自社だけでなく支援するブランド、顧客の「三方よし」が成立し、かかわる誰もが幸せになる形を導き出すことで気持ちの良いビジネスを今後も作っていきたいと思います。
井関 「三方よし」に加え、私は「個人・ビジネス・商品すべてに対し、化学反応を起こせるかどうか」も重要ととらえています。ECHを立ち上げてから、2011年の東日本大震災、直近のコロナ禍と事業存続の危機に何度も直面してきました。そこで学んだことは「フィーリングが合う人としか、長く取り組みを続けていけない」ということです。節目節目で苦しいこと、考えなくてはならないことと向き合い、私の中で「家族」「ECH」「友人」の3軸が重要であると気づきました。今はこの3軸を守るため、そしてそこにかかわる人々にもっと喜んでもらうため、次のステップに向けた取り組みを始めようとしています。ECHとして未経験のことにも挑戦したいと思っているので、今後もご期待ください。