自動販売機ではなく情報を得る場に コロナ禍のEC需要変化を紐解く
コロナ禍を契機に、人々の消費行動が変化していることは多くの人が感じ取っているだろう。大西氏は最初に、SNSなどを活用して独自調査した顧客の購買行動についてのヒアリング結果を見せつつ、説明を開始した。
「店舗に足を運ぶ頻度が減り、ECの活用が増えた、一度の外出で立ち寄る店舗数が減った、現金を使うことが減り、非接触の決済手段を用いた買い物をするようになった、EC利用で目的外の買い物も増えた……といったような意見が挙がりました。ECが果たす役割は人によって異なりますが、アパレルECでは長く使えるもの、安心安全に使えるものを選ぶ消費者の目効きが上がってきたことが顕著に感じられます」(大西氏)
消費者のEC利用について、大西氏は「今まで自動販売機のように欲しいものを買うためだけにECを使っていた人々も、商品情報を得るために閲覧するようになっている」と続ける。そして、「それを裏づけるために、コロナ禍前後で顧客の滞在時間の変化などを見ることもお薦めです」と語った。
堅調な成長を見せたロードサイド店 アパレルではOMO型店舗も出現
新型コロナウイルス感染症が人々の行動に影響を及ぼすようになってから、約1年10ヵ月。2021年秋までに、東京都など多い地域では4度の緊急事態宣言が発令された。大西氏は、総務省統計局が発表する『家計調査』の表を見せながら、人々の購買行動の変化をこう振り返る。
「家計の支出で大きく変化があったのは、酒類です。飲食店の営業自粛などの影響もあり、外食の機会が減った反面、家でお酒を飲む機会が増えたことで家計に占める酒類の支出割合も増加しました。また、各社でリモートワークが普及する中で、事務用品・家事用品の購入が増えると同時に、水道・光熱費も上昇しています。一方、外出機会が激減したことにより、被服および履物や理美容サービスの支出は大きく減少しています」(大西氏)
次に大西氏は、主要小売企業が発表する前年同月比の売上推移を見せた。初回の緊急事態宣言が発令された2020年4月から5月の間に売上前年同月比100%を超えた企業は、ユニクロやワークマン、ニトリに限られている。
「これらの企業が堅調な結果を見せたのは、各社が百貨店やショッピングモールの営業休止により苦戦を強いられる中、ロードサイドの店舗で営業することができたのが大きな理由です。店舗運営をする企業は、初回の緊急事態宣言時に『とにかくどこかに在庫を集めて売らなければならない』という状況でした。
時間がない中、各社はまずAmazonや楽天市場、Yahoo!ショッピングなどモールでの販売に力を入れ、それと同時に商社や卸、ODM/OEMメーカーなど小売・アパレル以外のEC参入も進んでいきました。Shopifyが勢いを増し、盛り上がるD2Cを支援する企業も増えています」(大西氏)
2021年1月から3月に発令された2回めの緊急事態宣言時以降は、オンワード樫山が運営する「ONWARD CROSSET」やアダストリアの「ドットエスティストア」のように、「ECと店舗が密接に連携するOMO型の店舗が現れ始めた」と大西氏は語る。
モールと自社EC双方のチャネルを持つ企業も増える今、深田氏は大西氏にそれぞれの売りかたの違いや使い分けの方法について問いかけた。大西氏は「初回の緊急事態宣言時には、店舗が開いていない中で企業が営業を継続しなければならない状況だった」と前置きをしながら、このように続ける。
「モールの場合、企業やブランドのファンになってもらう、継続した顧客になっていただくことが難しいといったデメリットが存在します。自分らしさを見せながら売るには、D2Cのように自社ECの販路を確立することが大切です。オンラインとオフラインの使い分け同様、売りかたの使い分けも欠かせません」(大西氏)
生き残るにはカスタマーセントリックの考えかたが必須
続けて大西氏は、アパレルを中心とした小売各社の店舗数推移を見せながらこう説明する。
「これは、2019年8月と2021年9月の店舗数を各社比べた図表です。百貨店系アパレルブランドや、紳士服はコロナ禍を契機に店舗数が減少しています。逆に売上推移でも好調だったワークマンやニトリは店舗数を伸ばしています」(大西氏)
深田氏はこれを受け、「環境変化が大きい中、どのような視点で店舗やビジネスに取り組むと良いのか」と大西氏に質問する。すると、こう答えが返ってきた。
「私は、カスタマーセントリックの考えかたを持つことをお薦めしたいです。顧客を真ん中に据えた際に、ニーズや課題に対してどうバランスを取るのが自社の『ブランドらしさ』なのか。これを考え、突き詰めることができたところだけが生き残っていくと思っています。
今までは良い立地に店舗を構えれば、ある程度の売上や客数を確保できる時代でしたが、今やそれは強みになりません。こうした既存の武器をどう変えていけるかもひとつの勝負どころと言えるでしょう。もちろん、『デジタルを使える』ことも十分武器になり得ます。デジタル活用で新たな顧客と1からどうコミュニケーションを取っていけるか、といった視点も大切です」(大西氏)
各社が新たな強みを見つけるべく、OMOなどさまざまな挑戦を続けているが、深田氏は「日本でOMOをうまく実現できている企業はどこなのか」と大西氏に問いかけた。それに対し、大西氏は「中国のデジタル社会のようになんでもスマートフォンで解決できる状態ではないが、スマートフォン起点でオンラインとオフラインをまたぎ、不便が解消されているのが今の日本のOMO」と語りながら、次のように事例を紹介した。
「今の日本のOMOで実現できている価値提供は、主に『時短』『非接触』『学び』『蓄え』です。スターバックス コーヒー ジャパンや日本マクドナルドは、モバイルオーダーのサービスで顧客が列に並ぶ時間を短縮できています。
たとえば、店舗に入店して座席を確保し、座った状態でスマートフォンからゆっくりオーダーをする。もしかすると企業側はこうした使いかたを想定していなかったかもしれませんが、これは『利用方法の拡張』と言えるでしょう。『後ろに人が並んでいるから、カスタマイズにチャレンジしたくてもなかなかできない』という人も、スマートフォンから自分のペースで選ぶことができれば、やってみようと考えるかもしれません。すると、この体験は既存顧客だけでなく新規顧客に向けても良い体験を提供できているということになります」(大西氏)
続けて大西氏は、ニトリやカインズのアプリについて、良い点を説明した。
「両社のアプリには、店頭で自身が求める商品の棚の位置がわかる機能が実装されています。感染症対策として非接触の推奨や店舗運営の効率化が進んでいますが、アプリがあれば顧客は自らのペースで欲しい商品を探すことが可能です。ニトリアプリには、AR機能を使った設置場所の採寸機能『サイズwithメモ』も実装されています」(大西氏)
このほかにも、アプリで注文後、最短2時間で希望する店舗での商品受取を実現するユニクロの「ORDER & PICK」を紹介。「良い顧客体験が提供できれば、顧客もサービスやブランドにより興味を持ち、知識を蓄えてくれる」と続けた。
小売ビジネスのこれからは? キーワードは「店舗回帰」と「フェス感覚」
こうした事例を踏まえ、深田氏は大西氏にこう問いかける。
「デジタルが使えることが当たり前の時代ではない。これがまだ各社の実情ではないでしょうか。店舗スタッフを巻き込み、オペレーションを変えるなど、乗り越えるべきハードルはたくさんあります。意識変革や改革を促進するにはどういった工夫が必要でしょうか?」(深田氏)
これに対し大西氏は、「デジタル対応がどう顧客のメリットになるかを知ってもらうことが必要」だと説明。コストがかかり、新たな手順を覚える必要があったとしても、「自社の体験をより便利にするために欠かせない取り組みだと知ってもらうことが大切」だと続けた。
そして、大西氏から今後の小売ビジネスにおける注目ポイントが語られた。
「店舗への需要回帰は今後必ず訪れます。しかし、これまで同様の体験を提供するのではなく、商品との出会いや実際に触れて試せる、ブランドへの学びを与えるといったオンライン、オフライン双方からのアプローチをする必要があります」(大西氏)
加えて、これからの売場に求められるのは「フェス感覚」であると補足する大西氏。企業やブランドが単体で実施するライブ配信だけでなく、商業施設によるショッピングライブや新たな買い物導線の構築、長時間の生中継などで楽しさを演出し、目で見て楽しみたい人は直接足を運ぶといった選択肢の多様化もさることながら、メタバースやNFTなど最新テクノロジーの活用にも注目だと言う。
「今は『わくわくするショッピング』を演出する場作りが必要です。東京ガールズコレクションがオンラインでも盛り上がりを見せていますが、どうしたらこのような体験が作れるのか、その場をより楽しいものにできるのか、私も考えていきたいと思っています」(大西氏)
最後に、こうしたポイントを踏まえて深田氏から商品の良さをより的確に伝え、自社ECの充実化やOMO推進を実現する手段として「Sprocket」のサービスが紹介された。同サービスでは、リアルタイムパーソナライゼーションとABテスト、行動分析をかけ合わせて、SEOやWeb広告、SNS/メルマガ、リターゲティング広告などといった従来型の「集客」「追客」からさらに一歩進んだ「接客」をWeb上で実現する術を備えている。動画を使った新規ユーザーへの接客アプローチで、カート投入率を111.4%に改善した事例も紹介された。
深田氏は「マルチステップでていねいに行うWeb接客など、Sprocketには『おもてなし』をする上で必要な機能が揃っている」と語った上で、リソースの確保が難しいEC事業者に対しては改善の提案など、継続的な伴走体制があることにも言及。「これまでの知見から、店舗スタッフのような人間理解や顧客がつまずくポイントのモデル化を行い、ブランドの体験、良さを理解してもらうにはどうすべきか、最適解の提案を今後も行っていく」と意気込みを語り、セッションを締めくくった。